第一弾の続きです!

第二弾、巡礼地概要
※一信者の日記的な記録なので公式とは関係ございませんm(__)m
2025年7月22日~7月24日 二泊三日
徳島阿波おどり空港→四国正心館(善川三朗の霊訓特別公案研修)→高越山へ登拝→天之日鷲と神ノ山→祖谷のかずら橋→大歩危小歩危→四国正心館の礼拝堂で原曲研修「15才」
聖地徳島おススメ巡礼コース(モデルコースの一例)
私達は第一弾、第二弾と分けて巡りましたが
第一弾の巡礼で高越山の途中までしか登拝することが出来きなかった教訓から、巡礼の順番と重要な聖地を見落としていたことに気付き、天上界が伝えたい巡礼モデルコースがあるのでは?と思ったコースが以下です。
ナヴァさんのブログから引用させて頂きます

(一日目)
徳島空港レンタカー 四国正心館 30分
「善川三朗の霊訓」特別公案研修(日帰り版)
※日帰りの場合、開始時間は希望に沿うとのことで、研修時間は約4時間半です。
善川三朗記念堂(ここは善川顧問先生の墓所です)
四国正心館 宿泊
(二日目)
眉山(頂上にパゴダ平和記念塔)
※県ビルマ会が第二次世界大戦で戦没した多くの戦友たちを慰霊するために建てられたものです。ビルマ(ミャンマー)から贈られた仏舎利が納められています。
切幡寺→善入寺島→藤井寺→脇町支部精舎→穴吹川潜水橋
→磐境神明神社と白人神社→(大歩危小歩危 ここだけは遠く難しい)→生誕館 宿泊
※善入寺島の次に川島神社→川島特別支部に参拝することをお勧め。
川島特別支部は特に重要です。(第一弾の巡礼参照)ここでも祈願をさせて頂きたいですね。
(注)川島特別支部の祈願はあらかじめ予約が必要です。
(三日目)
高越山登拝(体力に自信がない方は、脇町支部の眼の前が高越山です)
原曲「高越山」
生誕館 宿泊(或いは、帰路)
※二日目に高越山登拝、原曲「高越山」を考えている方は、一日目の四国正心館の研修後、
移動 生誕館 宿泊
が良いと思います。
引用は以上です。
徳島阿波踊り空港→ウチノ海

快晴ですね~~(*’▽’)
鳴門市鳴門町高島近くにある瀬戸内海のウチノ海

海と言えば、聖地四国周りの景色を、「ギリシャに似ている」と言われているとか!?
確かに海の光の照り返しと色味がギリシャ風と、ヨーロッパに行かれたデザイナーさんも言われていたような(゚∀゚)(四国正心館から撮影 Iさん提供)


クラゲだーー!夏ですねぇ(*´ω`)
豊与新でランチ。スダチとお寿司を味わう
ウチノ海を眺めた後、お昼ご飯―!
鳴門市高島、ウチノ海総合公園の向かい側にあるお寿司屋さん
豊与新

ここでランチセットを頂きました~♪
カウンターの握り寿司なのにお値段がリーズナブル・・
美味なり~~

徳島のスダチ(酢橘)とホツマツタヱが伝える橘を考察

徳島の名産、スダチ入りの汁物――!!映画ドラゴン・ハートにもスダチ入りの食事が出てきましたね。香りがまた良き
「すだち」の名前の由来は、果汁を昔は食酢の代わりに使っていたことと、柑橘の総称である「橘(たちばな)」からきており、かつては「酢橘(すたちばな)」と呼ばれていたものが短縮されたもの。徳島県は全国生産量の大部分を占める特産地です。
ホツマツタヱで伝える橘の木には特別な意味があります。
原初神クニトコタチはこの木を 「国を立(建)てる」 モノザネとして用いました。皇統の正当性を表すものだといいます。
なんと、富士山も橘を植えたことからカグヤマとよばれたとか・・
(かぐわしき香りが立つ木を意味し、カグ(香久・香具)とも呼ばれる)
そんな皇統を象徴するような橘の一種であるスダチが聖地・徳島の名産って・・話がうまく出来過ぎてませんかΣ(゚Д゚)
※余談 そういえば・・かぐや姫の「かぐや」って「かぐやま」富士山のことだったりして・・
それとも阿波富士のこと?
※参考
✔『タチハナ 植えて 生む御子の タカミムスビを 諸 称ゆ 東のトコタチや』
ホツマツタヱ 2アヤ 「あめななよとこみきのあや」
✔『ツクシに御幸 橘を 植えてトコヨの 道 成れば 諸カミ 受けて 民を治す』ホ5

ホツマツタヱに出てくる「東のトコタチや」について

初代タカミムスビは東のトコタチでヒの尊。
神道の祓詞には、「遠つ神笑み給へ稜威の御霊を幸へ給へ」とある。
「遠つ神笑み給へ」は、「トホカミエミタメ」であり、ホツマツタヱの「トホカミエヒタメ」の八皇子から「ヒ」を抜いて「ミ」にしたことで、神の呪力を抜いている。
八皇子の一人のタカミムスビ=ヒの尊は東の常立。
これは、東の国で「国常立」と同等に思われ、慕われていたということ。
タカミムスビが八皇子のいずれかは諸説あるが、タの尊、カの尊、ミの尊を結んだのが、ヒの尊なので、タカミムスビと呼ばれたと思う。
それは、日高見国(ヒタカミコク)の名称からも、ヒの尊を筆頭にタカミが続くことからもそうだろう。

ランチにスダチが出てテンションが上がったところで四国正心館へーー!!
聖地・四国正心館

聖地・四国正心館の礼拝堂には、主の若き日の精進の姿をうつした御本尊が安置されています(2000年7月7日落慶)。四国正心館の敷地内には善川三朗記念堂もあります。
2011年には隣地に「来世幸福園」も完成

若き日のエル・カンターレ像を拝観出来るのは四国正心館のみ!!!
学生服姿の御本尊
ナヴァさんのブログを引用させて頂きますm(__)m↓↓
善川三朗記念堂は墓所ですので参拝して、公案を受けて、高越山登拝か脇町支部から高越山を合掌・感謝(支部の眼の前が高越山です)し、映画名所を巡り、最後に原曲「高越山」を受ける流れですと、原曲研修で没入しやすくなります。
エル・カンターレ像も学生服姿からご本体顕現を拝することになります
主エル・カンターレの教えていただいている限りのご降臨は、今回以外はすべて王族です。
ご本体も、ご分身もすべて王族ですので、一人間としてのエル・カンターレ像を拝する機会は、ある意味、大エル・カンターレ像を拝するより、貴重で、あり得ないことなんですよね。
「僕らは、高越山(おこおっつぁん)に全てを託します。」(原曲「高越山」より)
そのすべてを託したおこおっつぁん(天日鷲命=善川三朗先生)の墓所である、聖地・四国正心館の善川三朗記念堂にも参拝が増えなければ映画「ドラゴン・ハート」も繋がっていきませんよね。
先生が「全てを託した」と言葉に残した、その意味は重いですよ。
『全てを』ですから。
ですので、この機会に、四国正心館への参拝をお薦めします。

王族としてではなく、民間人としてお生まれになった・・・その意味することとは・・
人格力…105 【指導者となるためのテーマを背負って厳しい環境に生まれた】
私は、過去世には王様として生まれた転生がほとんどですが、今回は、日本という小さな国の、地方の小さな町に住む、平凡な両親から生まれました。平凡な育ち方をし、貧しさも経験しました。一介のサラリーマンも経験し、思想的な苦悩、葛藤も経験しました。
このような環境の中で、「自分自身をつくり上げながら指導者にならなければならない」というテーマを背負って生まれてきたのです。
四国正心館の原点、四国道場のエピソード|д゚)
小説「とっちめてやらなくちゃ」P12
私が最初に、この世であなたを見たのは、聖地・四国道場が落慶した1990年、何百人もの人と一緒だったわ。まだ五歳だった私は、お兄ちゃん、お父さん、お母さんと一緒に、力一杯拍手してお迎えしたわ。あなたは三十四歳になる年で、幕張メッセで年に何回も大講演会をする、とても偉い人だった。でも、この時は、ちょっと照れ臭そうでしたね。そう、宗教法人格を取る前の話よ。恥かしながら、この全国初の道場は、母方の祖父の川上建設が建てさせてもらったんですよ。翌年の1991年には、『ハッピー・サイエンス』が宗教法人として認められて、七月には、東京ドームで『御生誕祭』が行われました。
主が通われた吉野川市立川島中学校
1969年4月川島中学校に入学
学生服姿と言えば川島中学校と城南高等学校!




Iさん提供(2006年7月 解体前のお写真) 貴重なお写真をありがとうございますー!(*´Д`)
徳島県吉野川市川島町桑村にある公立中学校。
川島中学校時代は主の黄金時代だったと言われています⁉
主が通われた徳島県立城南高等学校
1972年4月徳島県立城南高校に入学






地元にお住まいの信者さんが撮影してきてくれました!Tさんありがとうございましたm(__)m
小説「若竹の時代」
いよいよ高校時代が始まった。朝六時半に起きて、食事と手洗い、歯磨き等を済まして、七時には家を出て、吉野里駅七時十分発の汽車に乗る。自宅から駅までは、やや駆け足だ。母の作る朝食は、たいてい、白飯に、ワカメのみそ汁、生卵に、海苔である。そして眠気覚ましに、ネスカフェのインスタントコーヒーが出されて、それを一気に飲む。
映画「夜明けを信じて」にも主の高校時代のエピソードが少し映像で描かれています

主の秘密の青春時代・・少女との思い出・・・衝撃的な出会い
小説「若竹の時代」・・・・・・・・・・・・
高二の夏に、田原知世さんに、短編小説を書いて、彼女と友達になろうとしたのも、この世的欲だったのではないか。彼女は、その後、徳島大医と自治医科大に合格する。平均点九十五点を超えなければ、中間、期末でも一番を彼女から奪回できないなんて、自分への厳しさが足りなかったのではないか。
・・・・・・・・・・・・
原曲「ワンダラー」にもその彼女との思い出が歌われていましたね・・・・
善川三郎記念堂について

(NIさん提供)

桜の季節の記念堂――!(NAさん提供)
幸福の科学の草創期を支えてこられた、大川隆法総裁先生のご尊父・善川三朗顧問先生(2003年8月12日ご帰天)の陵墓です。主エル・カンターレとご尊父との関係を伝えるゆかりの品々が展示されています。(2003年1月1日落慶)
〈エピソード色々まとめ〉
✔記念堂には仏を象徴する蓮と、善川名誉顧問を象徴する「ひまわり」、吉野川を象徴する「波紋」が随所にあしらわれている。
✔8月13日夜7時から聖地・四国正心館の礼拝堂で通夜式が行われた際、場の波動を護るために、主は初めて「結界仏陀」「結界ヘルメス」の二重結界を行じ、邪気を祓った。
✔善川名誉顧問は幼少期に転居する際、霊的なメッセージを受けたという。それは「汝は今世において、非常に大きな責任を持って生まれたものである」との内容で、後年、地元の八幡神社の神の声であると回顧されていた。
などなど・・・・・
聖地・四国正心館 限定研修「善川三朗の霊訓」特別公案研修

3月の巡礼では、生誕館には参拝したのですが、善川名誉顧問先生の記念堂がある四国正心館の参拝が抜けていました。とある信者さんは生誕館が落慶されて以降、四国正心館が忘れられている気がするとお聞きまして、大いに反省が入りました・・(・_・;)
このことに改めて気づけて良かったです・・・
善川三朗の霊訓では7則の公案を頂きます
一つ一つが信者の心構えとして基本となる重要な公案になっています。
善川三朗顧問先生は勇気と情熱の塊、戦いの方のイメージもありますが
そのような熱いメッセージと情愛を感じる研修で、他、自信と信仰の関係や助け合い精神とは何かを学ばせて頂きました。
人情溢れるハートの熱いお方だったのですね。感涙(T_T)
勇気の法の発刊、幸福の科学に学校を創設することも遺言として語られていたようです。
学生を応援してくださっているのですね・・ありがたい。
この研修で是非、顧問先生の愛を感じてみて下さい。
赤心が大事だーー!
高越山の登拝へ

7月23日 四国正心館から高越山に向かいます。
高越山(こうつさん)は、徳島県吉野川市にある標高1,133メートルの山で、その美しい形から「阿波富士」と呼ばれ、地元では「おこっつぁん」の愛称で親しまれています。四国百名山の一つで、山頂には由緒ある高越寺(主祭神は天日鷲命)があります。


高越山、登拝中の景色――!天気に恵まれました。

高越寺本堂にあった巨大な錫杖Σ(゚Д゚)

心経塔⁉

お賽銭を入れて参拝!

高越神社ー!映画ドラゴン・ハートに出てきた場所だー!

空海様――!

高越山の山頂にきましたーー(*’▽’) 絶景なり
皆様、ここ山頂から見える剣山など眺めているのでしょうか⁉

こちら、展望図――!

奥の院の鳥居です!!
ここから先は少し険しい道なので要注意
奥の院に参拝し、感謝の祈りを捧げ、無事登拝することが出来ました
天日鷲命様ありがとうございましたーー!!
※高越山について詳細資料参照
https://library.bunmori.tokushima.jp/digital/webkiyou/58/213-220.pdf
余談 小説「美しき誘惑〜現代の「画皮」〜」と高越山の誓願繋がり

小説「美しき誘惑〜現代の「画皮」〜」
を読むと、この描写は高越山を登った所を描いているよね?
主は二十歳の時のその幻視は高野山だけど、映画では高越山になってるね。
空海が請願立てたのは高越山の頂きだったのかね?
ドラゴンハートの楽曲「高越山」で「阿波富士に祈願をかけました」と歌われていますし。
※高越山で空海は請願したのではないかと思ったのは、「夜明けを信じて」の仏陀の霊言で、主が二十歳の時「日本一の智者たらん」と請願をされたので、そう思いました
三大誓願は二十歳の頃にたてている


日蓮聖人の霊言「大悟」を見守った者の証言 より
それに三大誓願は二十歳の頃だったとか・・
高野山の幻視から2ヶ月くらいで日光の旅で精神の自立を目指しているので、三大誓願の時期なのかなと
(Iさん談)
映画「現代の画皮美しき誘惑」の冒頭に高越山出てきましたねーー!
空海の生まれ変わりの主人公がそこで不思議な体験をしています。
小説 夜明けを信じて。P51
歴代の東名大生が住んできたその部屋も、悟が住むことになってからは、一味も二味も違う味わいを出していた。本棚は悟が所有する古今東西の名著で溢れか返り、入り切らなくなった本は、床の上にも平積みされていた。
さらに特異な点と言えば、「我、日本一の智者たらん!」と大きく筆で書かれた張り紙が、下宿先の壁を彩っていたことだろう。
主が経験された不思議な体験(高野山)

画像は 日蓮聖人の霊言「大悟」を見守った者の証言 より
二十歳の頃に和歌山県の高野山で弘法大師からインスピレーションを頂いていたとはーー!

下山した後、皆さんで脇町支部へ♪
脇町支部の支部長による映画ドラゴン・ハート、ここだけの話をしてくださった気がする⁉
(思い出せーー)
天之日鷲命と神ノ山(向麻山)

夕刻に、Yさんのご案内で、天日鷲命のお墓があるかもしれない!?という噂の場所へ
徳島県はむかし阿波の国と呼ばれていましたが、それより以前は粟国と長国という二つの国に分かれていました。その粟国にはのちに忌部と呼ばれる一族が住んでいて、粟国の内だけでなく海を越えて関東にわたり作物を作ったり、織物の作り方を教えたりして、その一帯を開拓しました。その忌部の一族の祖先と言われているのが天之日鷲命と呼ばれる神様です。

他、忌部について説明されていました。天日鷲命様はどういう方なのか理解が進むので一読をおススメ(*’▽’) 忌部って優秀なんですね。
一説によると阿波(粟国)は大宜都比売命から始まるという説もあります。
https://satoyamashikoku.web.fc2.com/oogetuhime2024.pdf

神ノ山(向麻山)にいた神様トンボを激写――!!
なにこの分かりやすすぎるメッセージは!!(笑)
✔神様トンボ(ハグロトンボ)と呼ばれる理由
お盆の時期に現れるためご先祖様の化身や魂を乗せて帰ってくる存在と考えられていることや、羽を開閉する姿が手を合わせて祈るように見える神聖な生き物とされてきたことから神様トンボと呼ばれるようになりました。

しかも上空にはトンビが二羽飛んでいました・・・・
高越山に無事登拝し、天日鷲命ゆかりの地に行ったからでしょうか・・
「大鳥」こと「金鵄」すなわち、天日鷲命と繋がりがあるようで|д゚)
天日鷲命様、
きっと、いつかは、本当の神様になって僕たちを祝福して下さい。
阿波富士に、祈願を掛けました。
どうか、皆さんも来て下さい。
不思議な体験が待ってます。
・・・・・・・・・楽曲「高越山」
四国徳島の巡礼と限定研修や原曲を通して私達の信仰心が固まれば、本当の神様になって私達を祝福して下さるということなのでしょうか・・・?

夕日が美しゅうございます~~♪ 車中からパシャリ
本日はこれにて終了。
大歩危小歩危(遊覧船乗り場)

大歩危の下流約3kmが小歩危。小歩危は、吉野川中流域に位置する渓谷
岩肌が特徴的–!!
時間があまりないので現地まで飛ばして頂きましたw見事な運転裁きのNARIさん大活躍!!!
まさにドラゴン・ハートのドラゴンのごとくです。(映画のシーンを連想して下さい)
楽曲「Exciting Love」の歌にのって、龍が猛スピードで駆け抜けていくように車を飛ばすNARIさんなのでした。(笑)
僕たちは、いつも新しい何かを求めてる。
だから、ひと夏の経験を、とても期待している。
この夏は、何があるかな?
川や、山や、空に、何かExciting Loveを、見つけたい。
そんな気持ちが、僕たちを駆り立てる。
楽曲「Exciting Love」

しかも凄く良い天気!光が強いので景色のコントラストがまたいい味出してます
祖谷のかずら橋

大歩危小歩危の遊覧船に乗る前にこちらに寄って頂きました
美しいですねーーーー!!幻想的な写真が撮れました。
※祖谷のかずら橋
平家一族の哀話を秘める、植物のシラクチカズラを使って作られた原始的な吊り橋です。代表的な「祖谷のかずら橋」は徳島県三好市にあり、日本三奇橋の一つや国の重要有形民俗文化財に指定されています。3年毎に架替えが行われる。




(Iさん提供)
グルグル巻きーー!凄い作りですね・・
そろそろ遊覧船出発の時刻になるので大歩危小歩危の乗船口へーー
崖だらけな場所だけに石崖蝶(笑)

ここで珍しい蝶々が出現・・・地味ですが蛾ではありません。
※イシガケチョウ、別名イシガキチョウ、漢字では石崖蝶または石垣蝶
え!?神様トンボやトンビに続き、自然界からのサービスメッセージですか!?|д゚)
大歩危小歩危といえば吉野川の激流が数百万年かけて作り上げた、断崖絶壁の峡谷です・・この場所で「石崖蝶」に出会うなんて話が出来過ぎ(笑)wwwwラッキー♪
大歩危(遊覧船乗り場)

(Iさん提供)
大歩危(遊覧船乗り場)
龍にのった竜介と知美は大歩危峡の岩場で天日鷲命と出会い、ここから霊界探訪が始まるのです・・
映画を観て確認してね(*´ω`)



遊覧船に乗りながら解説を聞けます
この岩は、2億から1億ほど前に海底深く造られた岩だそう。徳島県指定天然記念物です。
結晶岩石とも呼ばれるそうで、ごく限られた場所にしか地上に露出していません。
大歩危峡観光遊覧船 公式ホームページ

〒779-5451
徳島県三好市山城町西宇1520
TEL:0883-84-1211/FAX:0883-84-2411
[受付時間] 9:00~17:00
大歩危小歩危で感じたこと
(原曲研修「15才」の法談にて)
Iあと大歩危小歩危に行ってきたので、それが創造と繋がっちゃうんですけど。あそこ行ってわかるのが、普段の生活で自然をあまり眺めてないんだけど、大歩危小歩危大に行くと、自然がすごく迫ってくるんですよ。人間としての小ささを感じる。自然の方が追いかぶさってくる感じなんですね、この谷間の中にいる中
で。で、そこで3000万年かけて海底から浮き上がってきた土地なんですよ。
K 2億年であの渓谷が形成された。
I 船の解説の人が「3000万年かけて海底で岩を作ってきた」という話だったですね。その岩が海底から上がってきたっていうのが、この土地を創造するために、上がってきたっていう感じがして、その創造も、この四国を作ったっていう、ものすごいエネルギーをすごい感じるんですよ。自然から。それとまた、15歳の創造と重なっちゃって、すごい創造のパワーをあの自然で感じて、15歳の先生にもすごい感じて、なんか不思議な感覚になりました。2億年って書いてありますね。砂が溜まって、2、3000万年かけて砂が溜まって作ったとか言ってたよね。あの岩をね、船の案内があるの。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
(Iさんありがとうございます!)

びんび家でランチーーー(*’▽’)美味しい魚介類のランチが頂けますーー!お寿司や天ぷらなどなど✨

美味しかったーー!ごちそうさまでした(ほっこり)
食事を終えて四国正心館に戻ります(*´ω`)お次は原曲研修だーー
四国正心館の礼拝堂で原曲「15才」体感研修

なんとぉーー!礼拝堂で原曲研修!!
しかも若き日のエル・カンターレ像を拝観しながらなので原曲「15才」にピッタリ。
とても難しく難解な原曲でしたが神秘的。1000億年の孤独も重なるような・・・
宇宙創造の秘密である揺らぎを感じさせるような壮大な世界観を感じました。普通の人間的な15才とはあまりにも違う・・・。
15才のお姿と言えば学生服姿の主ですが、四国正心館のエル・カンターレ像についての詳しい解説は是非精舎講師にお話を伺ってみてください✨
2026年開示!聖地・四国正心館&聖地・生誕館限定原曲
詩集Leftover-青春のなごり-「遠い日」「風車」「君の名も知らず」

こちらも四国の限定研修なので紹介します。
レフトオーバー①に感じる雑感
総裁先生が「青春の卵」時代を過ごした四国徳島ですが、吉野川を中心に、美しい自然の情景が詩集にも数多く出てきます。またそれが、総裁先生の創造主としての世界観と重なります。宇宙のマスターの生誕の地・四国でもあるので宇宙のはじまりの記憶と重なるのでしょうか?青春の卵の卵とは何なのか、イデアとは何なのかを探究すると色々感じるものがあるのかもしれません。
その創造主のイデアを垣間見る秘密の一つが「神聖な恋」であることを詩集や原曲で学びました。神聖な恋を通して感じる芸術感は愛の引き付けあう魔法でもあって、それは限りなき美しい世界を想起させるものです。恋は信仰に似ていると言われますがその通りだと思いました。
切ないほどにハートにグッとくるレフトオーバーシリーズ!!
巡礼を通して主の足跡をたどり、四国の豊かな自然を体感すると、より実感するものがあるのではないでしょうか。
※神詩会HPに法談がUPされてます↓↓


主の高校二の夏の思い出、祇園祭の山車
レフトオーバーシリーズといえば少女の存在!
その隠れたエピソードが小説「永遠の京都」に⁉

(Iさん提供)

小説に祇園祭と山車が登場しています!
祇園祭りと橘寺、聖徳太子
祇園祭りにおける聖徳太子とは
祇園祭における聖徳太子とは、前祭(さきまつり)に巡行する「太子山(たいしやま)」の御神体として祀られている人物です。太子が四天王寺を建てるため山に入り、良材の杉を求めたという伝説に由来します。
橘寺が聖徳太子を祀ってますね。祇園祭でも太子山に行くルート
(Iさん談)
橘キターーーー(*´Д`) 橘といえばホツマツタヱ皇統の象徴。それが聖徳太子と関係があったとは・・
奈良県明日香村にある橘寺は、聖徳太子が誕生した地と伝えられ、太子が建立したと伝わる「聖徳太子建立七大寺」の一つに数えられる歴史ある寺院です。祖父である欽明天皇の別宮「橘の宮」を寺に改めたのが始まりとされています。

色々と繋がりすぎてこわい(;^ω^)
Leftover-青春のなごり&青春の卵 ゆかりの地!!


(Iさん提供)
阿波川島駅のホーム!!なんかぐっとくるものありますね(T_T)
楽曲「故郷」
※映画「美しき誘惑現代の画皮」の原作集には挿入歌「故郷」の歌詞と解説が掲載されています。レフトオーバーシリーズの少女の方を思わせる・・・
挿入歌 「故郷」・・・・・・・・・
ああ、故郷は思い出の中にだけある。
けれども、心はいつも、帰っていく。
あのせせらぎの中に、君と二人、座ったあの日を、
決して忘れずにいたいと思うのだけど。
・・・・・・・・・・・・・・・
ご解説抜粋
何か叙情的な気持ちというか、それは、男女の思いが「ゼロ」というわけではないけれども、青春を懐かしむ気持ちが投影されているというところです。「自分としては、『二つに引き裂かれている自分の悲しみ』みたいなものを感じている」というところなんですよね。
・・・・・・・・・・・・
二つに引き裂かれる!?もしや元は一つの魂だった!?つまりツインソウル!?
悲しみが染み渡る・・・・・・・そこらへんは、原曲「小さなメルヘン」も合わせて探究してみると感じるものが深まるかもしれませんね。
小説「若竹の時代」に出てくる霊峰・剣山について

剣山に登拝した信者さんMさんに写真を頂きましたのでご紹介♪
剣山といえば小説「若竹の時代」のエピソード。手痛い大天狗のしっぺ返しにあわれたとか・・・(笑)
しかも主が三回も訪れた剣山です。
古代イスラエルの聖櫃「失われたアーク(契約の箱)」がソロモンの秘宝とともに眠っているとか!?(根拠は不明)・・・霊的な秘密が隠されてそうです。

・・・・・・・・・・・・・
小説「若竹の時代」P28~37
竜二は、また、夏休みに徳島県の最高峰、剣山に登っている。わずか一泊二日の登山旅行だが、下界を眺め降ろす気分が忘れられなくて、中一、中二、中三と合計三回、役二千メートルの霊峰に登った。竜二の登山経験は、この中学時代の三回しかない。
・・・・・・・・・・・・・・・

Mさんは体感で、とても霊的な息吹を感じたようです
やはり、この霊峰には何かがある⁉|д゚)
Mさんお写真ありがとうございました。
8月のお盆にちなみ、阿波踊りの供養の踊り

顧問先生の命日8月12日に合わせて巡礼ブログを更新したのですけども、
阿波踊りが供養と関係してることを聖地巡礼と阿波踊りが追加された「高越山」原曲体感研修で学びました。
(Iさん談)
直子の命日は8/16
善川顧問の命日は8/12
阿波踊りに注目させる命日だなー
永遠の京都 P177・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
竜二は小学校に上がった頃から直子の記憶がある。もう十二、三年は経つ。そういえば直子は竜二とばかり話していて、修一とも父の虎造とも話しているところは見たことがない。
君代「確かに竜二の次の年に身ごもったのよ。でも母ちゃんの仕事が大変で早産になってしまって、1週間しか生きとらんかったのよ。」
「母ちゃんもお盆になると視えとったよ。あの子の命日は8月16日じゃけん」
そうか、妹の霊が竜二の淋しさをまぎらわし、励ましてくれていたのか。阪大医学部まで行けたら、保育器があって助かったのか。直子ごめんな。兄ちゃんの東大合格祝いで、君の使命が終わったんだね。
君代「きっとまた直子は生まれ変わってくるでわ。竜二が困った時、また竜二の前に現れてくるわ。」
竜二「彼女、いや彼女の幽霊が、きっと坂本龍馬の生まれ変わりと竜二兄ちゃんが出会うと予言しとった」
君代「意外に竜二の嫁さんになって生まれてくるかもね。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「大文字焼き」は、お盆の時期に先祖の霊を送る伝統行事「送り火」の俗称であり、正式には京都五山送り火などのように「送り火」と呼ばれます。毎年8月16日の夜8時を皮切りに、京都市を囲む山々に次々と火が灯されます。
↑大文字焼きは直子の命日8/16だったんだね。(Iさん談)
原曲研修「高越山」に参加して感じたことですが、阿波踊りも「送り火」みたいなイメージが出てくるんです。阿波踊りは、供養の踊りなんですね。
ヲシテ文献ミカサフミが伝える阿波踊り⁉
祖霊祭祀と天との交感
ミカサ文では、七夕や盆(ハスケと飯を擬える儀礼)を通じて、天の御祖(先祖)と地のイキタマ(子孫)が再会し、踊り(阿波踊り)によって霊気を受けるという祖霊祭祀の思想が語られる。『記紀』では祖霊祭祀の体系的説明はなく、先祖と子孫の交感は物語の中で象徴的に扱われるのみである。

徳島市阿波おどりの開催期間
毎年8月11日から15日までの5日間。
8月11日の前夜祭(オープニングイベント)を経て、12日から15日までの4日間が本番となり、市内中心街の各演舞場やステージで踊りが披露されます。開催スケジュール(徳島市)8月11日:オープニング・前夜祭(アスティとくしま等)8月12日〜15日:本番(市内各演舞場、ホール公演など)主な時間帯:夜の部は概ね18:00または19:00〜22:00県内そのほかの主な阿波おどり鳴門市阿波おどり:8月9日〜11日いけだ阿波おどり(三好市):8月14日〜16日鴨島阿波おどり(吉野川市)
ありがとう聖地・四国徳島~~♪橘のエピソード、旅の終わりはスダチ(酢橘)で締める

四国正心館を出て阿波踊り空港へー
飛行機待ち時間に徳島名産、スダチ入りのラーメンを頂きました♪
スダチといえば、ホツマツタヱでは皇統の象徴でもある「橘」でございます。
まぁ、あれですね。大川隆法総裁先生は、本来のスダチのお方だということですね・・(謎)
ここまで読んで頂き誠にありがとうございました
余談 当会の映画に橘が出ていた・・・
映画「美しき誘惑現代の画皮」の女教祖が橘
映画「君のまなざし」の橘一族 天宮家の分家
この二つの映画に「橘」登場していた(;^ω^)(情報提供Iさん)
「君のまなざし」は主演の長男を中心に問題を起こして闇落ちしたので視聴不可能になってしまいました。原案は大川隆法総裁先生なので脚本と出演者変えてリニューアル版が出来るといいですね・・
ホツマツタヱが伝える「トの教え」初代アマカミのシンボルは「橘」
与左衛門さんのブログから下記引用させて頂きます
二神はタマノ”ヲ”(魂の緒)を”と”とのえる(調える)アワ歌をもじって、宮の名を「“ヲト”タチバナのアワキ宮」とした。このときに御子が生まれ、モチキネ(ツキヨミ)と名付けた。
「トの教え」とは、初代アマカミ(古代天皇の称号)のクニトコタチが建国したトコヨ国の理念で、そのシンボルが橘です。
その後、二神はソアサ国(四国)に至り、サクナギの子のイヨツヒコに命じ、民にアワ歌を教えて言葉を習わせた。このため、イヨツヒコは自身の別名をアワツヒコとした。
その後、二神はソサ(紀州)に来て、宮を造り、静かに住まわれた。そこはキシヰ国と言い、橘の木を植えたのでトコヨ里とも呼ばれた。そして、先に捨てたヒルコ姫(ワカヒメ)を再び召され、花の下、民にアワ歌を教えた。

余談 大宜都比売が四国入した島が四国正心館から見える

阿波(粟国)は大宜都比売命から始まると伝えられている謎の神様オオゲツヒメ。
対岸の阿波井神社から大宜都比売は四国入りしたと伝承されています。海側右手、すぐそばに見える島です。この島は四国正心館から見えると教えて頂きました。
阿波井神社について

四国正心館から見えるという阿波井神社がある島田島

阿波井神社(あわいじんじゃ)は、徳島県鳴門市瀬戸町堂浦に鎮座する神社
堂浦地区と小鳴門海峡を挟んだ対岸の島田島南部にあります。
オオゲツヒメや天太玉命を祀られており、古くから食物の神・豊穣の神として信仰されてきました。
阿波(徳島)はオオゲツヒメが支配した「食物の国(粟の国)」とされ、島田島周辺のウチノ海に位置する鏡島は、海の安全や大漁を祈る「竜宮祭」が毎年行われるなど、オオゲツヒメの伝承や信仰と結びついた神聖な場所として大切にされているという・・・。


阿波井神社関連の写真を信者さんが撮影してきてくれました!Tさんありがとうございました!
オオゲツヒメの祠がある鏡島
ウチノ海に浮かぶ周囲約100mの小島で、龍神様やオオゲツヒメに関連する祠があります。
参拝・見学の注意点:神聖な島として大切にされているため上陸は禁止されています。
全体像(ハート形)は、鳴門スカイラインの四方見展望台や周辺の海岸から眺めることができます。
女神アルテミスリーディング(月読の霊言)
※女神アルテミスリーディングでは、「持統天皇の頃に近い、天照を立てる勢力と(転生した月読は)対立した。(その時に)日本の月読の記述が削られた。」とあって、その後、平安時代の竹取物語が普及されるまで、月読神社は全国にあったと語っています。
か・・かぐや姫伝説キターーーーーー(゚∀゚)

四国の歴史の神秘―――!!
以上余談でした。
・・この巡礼後、ビルマ(ミャンマー)で大地震がありましたね・・
眉山にあるパゴダ平和祈念堂がありますし、四国徳島とビルマは繋がりがあります。
お礼
改めて巡礼についてまとめてみると分かるんですが、ご法話や経典をはじめ、霊言、詩集、箴言集、楽曲、原曲、映画、小説、巡礼、など全てを総合した上で教学したり研修を受けたりすることではじめて見えてきたり繋がったりするものがあることを学びました。
驚きを禁じえません。総裁先生凄すぎる(;^ω^)
総裁先生はあらゆる所に秘密のキーワードを配置されていて、私達弟子がどこまで気付くか見ておられるのではないでしょうか・・。一つも無駄にできませんね・・・。それに調べれば調べるほどホツマツタヱにも繋がりますし、隠されてきた過去の本当の歴史が浮かび上がってくるようです。
これを機に巡礼や原曲研修などの美の法門に力を入れてくれる方々が増えることを祈ります
四国巡礼レポートをまとめるにあたり、ご協力下さった神詩会のメンバーの皆様、精舎運営や研修を快く開催して下さったHSの職員さんに感謝します。
誠にありがとうございました✨今後ともよろしくお願いいたします。m(__)m

